今日はいつも降りる駅より2つ手前の駅で降りた。定期をかざして改札を出るとロータリーには見慣れた彼のクルマがもう来ていた。
チッカ、チッカ、と点滅するハザードが夜7時前の、まだ慌しい駅の雰囲気になんとなく似合う。
「お疲れ様、今日早く上がれて良かったね」
乗り込んでマフラーを後ろの席に置きつつ声をかける。
「ん、その分昨日と明日は仕事ギューギューだけどね」
シフトレバーの後ろの空間に缶コーヒーは入っていなかった。そこにバッグから細長い小さい箱を取り出してサクっと入れた。
「はいチョコ、今日一応バレンタインだから。忘れる前に渡しとく」
「ははは、サンキュ。つーか忘れんなよ、いくらなんでも」
手作りチョコも出来なくはないけどあんまり自信はない。妹にサンプルをあげたらうなだれて2個目を食べずにWiiを再開してたっけ。ま、妹もこの人もそんなに甘党じゃないし。これもらいに行くの、ちょっと恥ずかしかったんだ。作るより精神的に大変だったかも。
彼はそれを手にとって室内灯を点けた。
「すげっ、こんなのがあるんだ?どーやって手に入れたの?」
「もらったのよ。バレンタインフェアのDMが来てたからお父さんをけしかけて一緒に行ったの。売ってるものじゃないんでしょう、コレ?ちょっとレア?」
「うん、その心意気にカンパイだ」
「どういう意味?グラスを掲げるほう?それとも参りましたのほう?」
「どっちも、さ」
「ジョナサン・グラムっていう結構有名なチョコパティシエが作ったんだって。多分あたしが作るのよりちょっとは美味しいと思う」
「ふうん」
ありがたみのない男ね。もっとも、あなたと一緒に行って顔覚えられてるからこそ、手に入れられた・・・とも言えるかもだけれど。
きっと今夜は、あたしのライトパープルのヴィッツが駐車場でベンツやセルシオに挟まれている姿を思い浮かべてにやにやするに違いない。あーあ、やっぱりその場で開封して2個くらい取得税を取り上げておけば良かったな。3個あるうちの2個、うん、適正な税率。
駅のそばのレストランで晩御飯。お互い給料日前なので仲良くワリカン。蛍光灯でなく電球を多用した暖かみのある雰囲気は私のお気に入り。ただ、そんな事を口にすると、「この照明のホワイトバランスはさ、」と写真が好きな彼がいきなり饒舌になる事は分かりきっているので、黙っていることにしている。
暖かい店内。バレンタインが真夏だったら、渡す前に溶けて全滅するチョコが日本全国で3億個くらい出るだろうな、とチョコを置きっぱなしにした彼のクルマを窓越しに見ながら漠然と思った。フロスティパールマイカをまとったボディに寒い冬の夜の街灯が良く似合う。
帰りは家の前まで送ってもらった。
「ありがと。明日も仕事頑張ってね」
「うん、今日はありがと」
「おやすみなさい」
「おやすみ」
LEDを灯したテールランプが闇に溶け込んで行くのを見届けて、家の小さい門を開ける。
バッグの中には、彼にあげたのより大きい父へのチョコレート。
職場で部下からもらうであろう義理チョコなんかには、負けたくない。いつか彼と一緒になるまでは、ね。
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