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2008年12月 9日 (火)

帝国海軍駆逐艦「雷(いかづち)」

昨日12月8日と言えばパールハーバーアタックから太平洋戦争が勃発した日です。

好きな作家のメルマガから戦争にちなんだ、でもすごく心温まる話を見つけたので追跡調査の上書いてみます。

 

1942年3月、帝国海軍艦隊はジャワ島近辺の海戦で勝利を収めました。撃沈された英国海軍艦艇の乗員達は24時間以上その海域で漂流していたそうです。その数400名以上。

そこへ通りがかったのは駆逐艦「雷(いかづち)」。海面を漂っていた英国海軍フォール大尉は機銃掃射を受け人生の終焉を迎えることを覚悟しました。

ところが雷は、戦闘行動中だったにも関わらず「救助活動中」の万国共通の信号旗を上げ、漂流していた乗員全員を救助し、着替えや暖かい食事を用意し、英国人を丁重に扱いました。救助した数は雷の全乗組員の倍の数にのぼりました。雷の艦長、その名は工藤俊作海軍中佐。諸君らは帝国海軍のゲストである、と発言したそうです。

戦後外交官となったフォール氏は工藤艦長の消息を尋ねて回ったそうです。しかしなかなか消息がつかめず、ようやくつかんだ事実は1979年に工藤氏は他界していたということでした。

1995年。あの戦争から五十有余年の時を経て、老フォール氏の姿は海上自衛隊の最新鋭の護衛艦「いかづち」の艦上にありました。観艦式への同乗という日英の粋な取り計らい。フォール氏は艦上で、改めて工藤艦長への謝辞を述べ、お墓参りをし自伝として著した著書を捧げたいと伝えたそうです。そして式の途中、体の不自由なフォール氏は、なんども気丈に立ち上がり最大限の敬意を周囲に払い、周囲の自衛官を驚かせました。生粋の英国紳士なのですね。

そして2008年。念願かなってフォール氏は工藤氏の墓参を実現させました。66年ぶりの再会。墓前に深々と頭を下げたフォール氏は、工藤元艦長の墓前に向かって何度も「サンキュー」を繰り返したとのことです。

彼の著書の巻頭には「この書を工藤中佐に捧げる」と記されています。

 

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僕はこの手の話に非常に弱いです。涙腺一発でやられます。以前にテレビで、ハワイ奇襲に参加した日本人パイロットと戦艦から応射していたアメリカ人が何かの式典で抱き合って平和と互いの健康を喜びあう姿を見たときもやられました。記念艦アリゾナって日本人が訪れても温かい目で見られるものなのでしょうか?

ハワイはマキキというところに日本海軍の墓地もあるとのこと。いつか訪れてみたいものです。

 

↓駆逐艦の画像は手元にないので、夏に大和ミュージアムで見た重巡洋艦「愛宕(あたご)」の模型を。

Z00s432

(EOS 40D + SIGMA 17-70mm)

海に生きる者の掟、シーマンシップって素晴らしい。それはたとえ戦の中においても、変わることはありませんように。

 

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コメント

crying一撃。。めいです。ほっぺがかゆい。

フランカーさん、こんにちは。
2008年ということはフォール氏は今なお、当時の話を伝えて下さってるんですね。

↓毛深い? あ、あれ着ぐるみね。お腹のポケットには湯たんぽ入り。

投稿: めい | 2008年12月 9日 (火) 12:49

フランカーさん、こんにちは~♪
戦闘中であったのに雷の乗組員の倍も救助して、
しかもゲストとして丁重にもてなしたこと、
なかなかできない行為じゃないかなぁ~と思います。
素晴らしい行為ですね!
そしてフォール氏はずっと探されていたんですね。
やっと消息がつかめたのは他界されたあととのことですが
体も不自由なのに墓参されて、その紳士的な行動を
天国からきっと嬉しく思われているんだろうなぁ。
私はこういうお話を恥ずかしながらよく知りませんが、
頭が下がる想いです。

投稿: Lovepan | 2008年12月 9日 (火) 17:10

同じくこの手の話には弱い&Dです。
TVでは泰葉の記者会見をやっていますが、PC前で涙涙です。。。日本の学校でも歴史の時間にこういった事実をもっと伝えて欲しいですね。
工藤中佐、なんて人間味のある方なんでしょう・・・。
工藤さんの最期はどんな風だったのかしら。。。

戦争中の日本の行動には目をつむりたいことが多々ありますが、未来に向かって世界が平和に共存していきますように・・・。


投稿: &D | 2008年12月 9日 (火) 17:40

12月8日、テレビでチラッと聞きました。冬に戦争が始まったんですね…。
戦争も末期になるとひどい状態になるけれど、初期はこんな話もあるんだなぁ。

これまたテレビで見たんですけど、自衛隊の創設時にアドバイスされた人が紹介されてて、「紳士であるべき」みたいなことを言ってた方がおられたそうですよ。
え~っと、なんて名前の人だっけ。開戦すぐ、戦争に反対の意見を持った人だったから左遷されちゃって、中央に戻ってきたのは終戦の2年くらい前だった… ってところは覚えてるんですけど。え~っと、え~っと(汗)←超アバウト記憶力

軍人さんといっても、いろいろいらっしゃるんですね~ (^^;

投稿: sumi | 2008年12月 9日 (火) 23:32

皆さんコメントありがとうございます。戦時中のこういうエピソードは語り継がれていって欲しいですよね。このエピソードは『敵兵を救助せよ!―英国兵422名を救助した駆逐艦「雷」工藤艦長』という本として出版されています。
そうそう、護衛艦の艦上ではフォール氏のためにイギリス国家を音楽隊が演奏したんだそうですよ。


>めいさん
僕が中学の時に亡くなった祖父は満州に行ってたんですが、狙って撃つのは嫌で適当に撃ってたと言ってたような。。撃たれて帰ってきましたが。今になって、もっといろいろ話を聞いておきたかったなって思います。
湯たんぽ・・ウケた(笑)、南国に住んでるくせにcatface


>Lovepanさん
今日はちょっと変り種な記事でしたが読んでくださってありがとう。戦争自体はとても悲惨なものなので、余計にこういうエピソードは浮かび上がるものがありますよね。フォールさんはこのエピソードを講演し、スタンディングオベーションを受けたこともあるんだそうですよ。旧海軍も残虐非道なばかりではなかったんだと思うと、やっぱり嬉しいものです。


>&Dさん
ハワイっていうのはパールハーバーアタックの爪あとが結構残されているんじゃないでしょうか?アリゾナメモリアルなどでは日本人(特に若い女性グループなど)は騒いでいると強く注意されると聞いたことがあります。ここはお墓なんだぞ、と。
こういう事もあったのに教科書の記載がどうのこうのってもめるのはなんだか悲しいですよね。。


>sumiさん
海軍の軍人さんも考え方はいろいろあったようですね。この夏広島を訪れてそういう方面への興味も増しました。山本五十六は戦艦大和の建造に反対だった、とかは有名な話ですよね。

えーと、能力がありながら左遷されてのちに復帰・・・井上成美海軍大将、かなあ??

投稿: フランカー | 2008年12月10日 (水) 08:03

こないだ、つばさくんがコメントくれた「最強の軍用機」で
それぞれの航空機のウラ取りをしてたんだけど
日本国内でもB-29が墜ちてきたら搭乗員を人道的に扱うようにと
おふれが出ていたそうだけど、
目の前でその航空機によってなぶり殺しにされた民間人が理性を保つのは
不可能だった、なんて話を読んだよ。
おそらく、こっちの方が「戦争」の姿なんだろうなと思いつつ、
それぞれの国は敵対していても、それぞれの個人には何の関係もないこと。
誰かが苦しんでいたら、
手をさしのべずにはいられないのもまた、人間なんだと思う。

戦争中の「ちょっといい話」って
「プライベート・ライアン」の救出劇みたいな
(政府が作為的に美談を公表するような)
ものも多分に含まれてるんだろうなとは思うけど
戦後数十年経っても、こういう話はチラホラと聞くよね。
零戦の中にあった日の丸の寄せ書きが元米兵によって
何十年も経って持ち主の遺族に届けられた、なんてのもあるよね。

投稿: しのぶ三佐 | 2008年12月11日 (木) 00:14

おはようございます、フランカーさん。
機銃掃射をした潜水艦もあった中、こういう艦長もいらっしゃったんだと思うといろいろと感じるところがあります。
もちろん、こういったよい話ばかりではありませんが、過去の歴史についてはフランカーさんが書かれているように教科書の記載がどうのこうのってもめているというのは、もめるところ(議論するところ)が間違っているように思えてなりません。

投稿: たか++(たかひろ) | 2008年12月11日 (木) 08:08

>三佐
最近ブックオフの100円コーナーで戦記モノの分厚い読みきり漫画をどっさり買ってきてうちのヤツらに与えてるんだけど、中には大人が読んでもウルウルくるような短編が結構あってさ、こりゃ侮れないなあと。
死ぬ助けるじゃなくて、隊長の弔いフライトで零戦が敵基地上空で見事な編隊飛行でループを打ったら米軍基地から「見事な技術に感服した。敬意を表する証として次回は全力を持って迎撃させてもらう」なんて交信が来た、とかね。
墜落したB29ねえ。確かに一般民衆でも竹やり持って八つ裂きにしたくなるのが本音だと思う。一方、墜落した機体が遺体だらけだったら、丁重に弔うのもまた人間なんだよね。
滅多にない話だからこそ、この手の話はスポットライトが当たるんだろうなあ。


>たか++さん
僚艦が撃沈された後なんかでは、やっぱり敵兵は水上を漂っているとはいえ射殺するのが戦場の原理かもしれません。復帰されたらまた自軍に刃を向けることは必至な人たちですものね。相手を手ごわいと認識するからこそ、復帰して欲しくないと恐怖を感じ日本人パイロットを射殺する・・そんなスピットファイアのパイロットが「ジパング」でも描かれてましたね。
敗戦国だからどうも教科書問題とかは他国から突っ込まれますが、それって単なる内政干渉のような気がしてなりません。
 

投稿: フランカー | 2008年12月11日 (木) 08:24

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