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2008年8月18日 (月)

平和記念公園(追記あり)

原爆ドームに足を運ぶ前に、その手前にある平和記念公園の資料館を訪れました。

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(EOS 40D + TOKINA AT-X107 FISHEYE)

外国人の観光客の姿も目立ち、すごい人出でした。

暗めの照明、ISO800に上げて入館。被爆時のいろいろなモノ、遺品、資料が展示されています。

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(EOS 40D + SIGMA 17-70mm、以下すべて)

被爆の瞬間に動きを止めた時計。物理的な衝撃波、想像を絶する電磁波、その双方がこの時計を永遠に止めてしまったのでしょうね。

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RIKENとレンズに記されているけれどリコーのものなんだそうです。45mmF2.8のレンズが付いています。これでどんな風景を、誰を撮っていたのかな・・・60余年前の持ち主に心の中で手を合わせつつ、想いを馳せてみました。

ジオラマも数多くあります。子供にも分かりやすい構成にし、生々しさを過剰に演出していないところに好感を持ちました。

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上空で爆発、ということは知っていましたがその火球の模型を見ると、やっぱり背筋が寒くなります。

下部からさびしげな明かりで灯される小さい鶴たち。

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原爆の子の像が外にありますが、その像のご本人、貞子さんが実際に折っていた鶴。

ちょっと復習したところ、3歳を前にして被爆、10年ほどして命を落とすまで、回復を信じて薬の包み紙などで折り続けていたもの、とのこと。どうりで一つ一つが2,3cmと小さかったわけね。。。

外の像のところでは折り紙大好きな次男も、一つ鶴を折って置いてきましたよ。

資料館の説明は、淡々とその悲惨さを誇張なく語りかけるというスタンスで、個人的にはとても良いと思いました。お隣の国々であれば「日本帝国軍は残虐非道を極め・・」などと敵国を非難し愛国心をあおるところでしょうが、そういったニュアンスが一切感じられなかったところに国民性を感じましたね。観光で来たアメリカの人も見て不快な気持ちにはならないはず。

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被爆後こそ原爆ドームと呼ばれていますが、実際は産業奨励館、という名称の建物だったんだそうです。大正時代の建築物です。手前にある柱が数本立った建築物は噴水、とのこと。

 

自分はいい時代に生まれたよなあ、と思えば、三脚に3kg近いカメラ機材も気になりませ・・・・、ってのはやっぱり嘘で重くてばてそうでした(辛)。旅行は高倍率ズーム1本で乗り切るのが絶対正解ですね。

 

【8/19画像追記】

館内の画像を一つ追加。実物大の原爆「リトルボーイ」の模型です。

画像では大きさは分かりづらいですが、ウィキペディアによると全長3.12m、最大直径0.75m、総重量約5tとのこと。

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B-29「エノラ・ゲイ」はこれを投下した瞬間に5t軽くなったため高度がガクンと上がった、という話は聞いたことがあります。

また、当初原爆ドームは撤去されるという話もあったそうです。興味のある方はウィキペディアの「原爆ドーム」の記事を見てみてください。 いろいろ考えさせられます。

 

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コメント

フランカーさん、こんにちは。
4枚目5枚目が特に考えさせられました。
その時を知らない平和な世の中に生まれたけれど、やっぱり
こういうことは知っておくべきことだし、この地球上で
同じようなことが二度と繰り返されないように…と思いますよね。
原爆ドームが産業奨励館という建物であったことも知りませんでした。

カメラ機材については何日かの旅行などで長時間持ち歩くことが考えられる場合、やっぱりコンパクトに身軽であるといいですよね…。

投稿: Lovepan | 2008年8月18日 (月) 16:11

こんばんは。
広島旅行を堪能されたみたいで良かったですgood
たいした情報を提供できなかったですが・・・

原爆資料館は、何回行っても考えさせられます。
カメラが欲しいとかレンズが欲しいとか贅沢が言える時代に生きていられることに感謝ですね。

これからの記事、楽しみですhappy01

投稿: rsk | 2008年8月18日 (月) 23:05

私は訪れたことがないので、
こうして紹介してくださって色々考えさせられました。
誰か(何か)を非難する姿勢ではないというところも。
こうした未来を作ってはいけない!という為の
「平和公園」なんですよね。
いつか機会があったら自分の目できちんと見てきたいと思います。

投稿: あおい | 2008年8月19日 (火) 00:10

フランカーさん、おはようございます。
色んな意味で充実した旅だったようですね。
広島はbullettrainで素通りだったので、是非是非たくさん紹介してください。
私は長崎の方を少し知ってます。
生まれたhouseが長崎の平和公園から5分のとこでしたから。原爆資料館の駐車場が遊び場でした。
父の転勤先だったので、4歳の誕生日を迎える前に引っ越してしまいましたけど。2年前に訪れてみましたよ。
今でも真新しい千羽鶴が飾られていることが嬉しくもありました。

投稿: めい | 2008年8月19日 (火) 08:37

>Lovepanさん
ここ、被爆者の方は辛くて正直入れないと聞きました。部外者、時代の異なる者だからこそ正視できるものなのかもしれません。
ドームは大きい建物で現代の広島のシンボル・・と思っていましたが、着いてみると周辺にはそれをしのぐ近代的なビルが立ち並び、この街の活力を感じましたよ。
レンズについては、18-200の手振れ補正でもあれば良かったなあ、ってつくづく思いました。機動性も性能のうちですよね。


>rskさん
いろいろと情報いただきありがとうございましたpaper
あ、レンズを借りるのを忘れましたが(爆)
資料館は日曜日ということもあり満員状態で、展示ケースに近づくのも大変でしたよ。自分なりにいろいろなことを学んだと思うし、デジイチを手にしてから初めての遠方への旅行、重かったけれど満喫できました!


>あおいさん
前回のフォト、献花台のところを見ると、石碑に「安らかに眠ってください。過ちは繰り返しませんから」と書いてあるんですよね。過ちを犯したのは誰なのか、この文には主語がないんです。投下したアメリカも、戦争に踏み切った日本も、すべてが悪かった、という強い自戒の意思を感じて身が引き締まる思いをしました。
観光地としても良いところがたくさんあり、写真好きに愛される土地と思います。いつか是非訪れてみてくださいね。


>めいさん
原爆ドームを永久保存する、と宣言した広島市の気概に拍手を送りたくなりました。広大な道路を川と豊富な緑が取り囲むとても美しい街並。唯一の被爆国、被爆都市として、何かを責めるということではなく伝えるべきことを伝えていく、という真摯な姿勢が印象的でしたね。
長崎、機会があれば是非紹介してくださいねcamera

投稿: フランカー | 2008年8月19日 (火) 10:59

フランカーさん、こんばんは。
ウィキペディアの「原爆ドーム」の記事を見てみてください。 いろいろ考えさせられます。という事で、、、
勉強しなおしてきました。
いろいろ考えてきました。
原爆ドームはよく見るから知っているけれど、もとのビルのイメージは、あまりなくて、あの当時、とてもオシャレなビルですよね。
昔の写真を見て、中にいた方のことを考えると心が痛いですね。
1921年に広島県商品陳列所になったというお話のあと、お菓子の有名店、ユーハイムのお話は知らなくて、もうひとつ勉強できました。広島のアンデルセンは、私の大好きな西川シェフが修業された本店です。食の文化のレベルも高い場所なのかもしれませんね。お好み焼き、牡蠣、藻塩
パン、菓子・・・食べ物のコメントにしちゃった。すみません><
原爆ドーム、広島県の話ではなく日本人として
考えなきゃいけないですね。すっかり遠い話にしていた事を、思い出させていただけました。

投稿: brin | 2008年8月20日 (水) 00:11

>brinさん
レクサスの購入店舗からもらった誕生日プレゼントがユーハイムのクッキーだったので、なんか不思議な縁を感じます。
いろいろなことを考える良い機会になったようで、読んでみることを薦めたこちらとしてもとても嬉しく思います。ありがとうございますhappy01

投稿: フランカー | 2008年8月20日 (水) 11:57

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